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帆足先生的収蔵

豊後文人及び豊後南画の正しい作品
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牧山。

平成14年3月案内状より

 牧山は、下村御鍬(しもむら みくわ)の号である。牧山は「ぼくざん」と読むが、もとは馬城山(まきやま)を捩(もじ)ったものである。馬城山は御許山(おもとやま)のことであり、御鍬はその号から推してはかれるように御許山騒動に加担した勤王の志士であった。

温厚な御鍬をそのような行動に駆り立てたのは、帆門(帆足万里の門下生の総称)出身であり、最晩年の万里に強靭な革命思想を植え付けられた結果の事と思われるが、維新の後は他県の郡長を歴任、更に晩年は教育にたずさわるなど波乱の人生を終えた。

 Mさんは、もとラーメン屋さん。ふとしたことから手習いに表装を覚え、この頃は私の店でマクリを買ってくれるお客さんである。

Mさんが飽きずに表装を続ける事ができたのは、Mさんの地元で起こった御許山騒動の一件を知ったことかららしい。それ以来、事件に関わる人物に焦点をあて、その書の収集を続けている。こつこつマクリを求め、ご自分で表装をして秘密のコレクションをしているのである。[御許山展]を開催する事が、Mさんの近い将来の夢でもある。

 その発想は、既に古美術商を凌駕している。



木下家家系図 001
平成14年3月案内状一部拡大。


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